北海道の蝶たちが織りなす色彩と食草の物語

記憶の箱舟 北海道の蝶たちが織りなす色彩と食草の物語

煌めく翅は「命の証」:北海道の蝶たちが織りなす色彩と食草の物語

北海道の厳しい冬を超え、初夏から秋にかけて舞う蝶たち。その翅(はね)を彩る鮮やかな色は、実は彼らが幼虫時代に食べた「植物(食草)」と、体内で繰り返された「代謝」の結晶であることをご存知でしょうか。

1 蝶の色彩を形作る2つのマジック
 蝶の鱗粉(りんぷん)が色付く仕組みには、大きく分けて「色素色」と「構造色」があります。
 色素色(化学色):特定の物質(色素)による発色です。特に白や黄色、オレンジ色は、幼虫時代に溜め込んだ窒素代謝物(老廃物)から作られる「プテリン」に由来します。
 構造色(物理色):色素そのものではなく、鱗粉表面の微細な溝やナノ構造が光を反射・干渉させて見える色です。見る角度によって輝きが変わるのが特徴です。

ウスバキチョウ
アサヒヒョウモン
ヒメチャマダラセセリ
カラフトルリシジミ

2 北海道を彩る8種の蝶:食草と色彩の相関図
北海道を代表する蝶たちの「色」が、何を食べて、どう生み出されているのかを一覧で紹介します。
 蝶の名前 ★食草(幼虫の餌) ▲ 色彩のメカニズムと特徴

ウスバキチョウ ★コマクサ ▲翅の淡い黄色はプテリン色素。高山植物コマクサの成分を代謝し、この独特な「透けるような黄色」を生み出します。

アサヒヒョウモン ★チョウノスケソウ ▲地色のオレンジはプテリン、黒い模様はメラニン。日照時間の短い高山で効率よく体温を上げるために、濃い紋様が発達しています。

ヒメチャマダラセセリ ★キジムシロ・ミツバツチグリ ▲主にメラニンによる暗褐色。雪解け直後の岩場や地面に溶け込む保護色となり、日光を吸収して素早く活動を開始します。

カラフトルリシジミ ★ガンコウラン・クロマメノキ ▲オスの表面は鮮やかな青色の構造色。一方、裏面の複雑な模様やオレンジ色は、食草由来の成分も関わる色素色です。

オオムラサキ ★エゾエノキ ▲オスの紫色は、光の干渉による構造色。この構造を作るために、幼虫期にエゾエノキから得たタンパク質が重要となります。

ウスバシロチョウ ★エゾエンゴサク ▲白い翅はプテリン色素。春の妖精と呼ばれ、その透明感のある白は、代謝による尿酸などの結晶を鱗粉に閉じ込めたものです。
ミヤマカラスアゲハ ★キハダ、ハマボウフウ ▲圧倒的な緑や青の輝きはすべて構造色。食草から得た豊富な栄養が、この精巧なナノ構造を持つ鱗粉を形成します。

ダイセツタカネヒカゲ ★カヤツリグサ科 ▲全体的にメラニンが濃い茶褐色。岩場への擬態と、極寒の高山環境で生き抜くための「熱吸収効率」を優先した色彩です。

オオムラサキ
ウスバシロチョウ
ミヤマカラスアゲハ
ダイセツタカネヒカゲ

3 「老廃物」を「美しさ」に変える生存戦略
多くの蝶にとって、白や黄色を司る「プテリン」は、体内から排出されるべき窒素老廃物(尿酸など)を原料としています。本来なら不要なはずの老廃物を、翅の飾りとして再利用し、求愛や外敵への警告に役立てる。これこそが、蝶が進化の過程で手に入れた究極のリサイクル・システムです。

4 天然記念物としての蝶たち:北海道の誇り
今回紹介した蝶の中には、その希少性と学術的価値から国の天然記念物に指定されているものが多く含まれます。
国の天然記念物:
・ウスバキチョウ(大雪山系などの一部地域)
・アサヒヒョウモン
・ダイセツタカネヒカゲ
・オオムラサキ(日本の「国蝶」としても有名)
希少種(北海道独自の天然記念物指定など):
・ヒメチャマダラセセリ(国内ではアポイ岳周辺のみに生息)
これらの蝶は、特定の食草が自生する手付かずの自然環境があって初めて生きることができます。食草を失うことは、彼らの色彩そのものを失うこと、つまり絶滅を意味します。

5 北海道の蝶:姿と食草のビジュアルガイド
ウスバキチョウ(天然記念物)アゲハチョウ科 (ウスバアゲハ亜科)
・成虫: 翅は半透明で、淡いレモンイエロー。赤い紋があります。
・幼虫: 黒色で、オレンジ色の小さな斑点が並び、細かい毛が生えています。
・食草: コマクサ(高山植物の女王。ピンク色の独特な形の花)。

ウスバキチョウ
アサヒヒョウモン

アサヒヒョウモン(天然記念物)タテハチョウ科 (ドクチョウ亜科)
・成虫: オレンジ地に黒いヒョウ柄。翅の裏面には銀白色の紋があります。
・幼虫: 黒褐色で、全身に分岐した棘(とげ)のような突起があります。
・食草: チョウノスケソウ(白い8弁の花を咲かせる高山植物)。

ヒメチャマダラセセリセセリチョウ科 (チャマダラセセリ亜科)
・成虫: 濃茶色に白い斑点が散らばる。小型で素早く飛びます。
・幼虫: 暗褐色のイモムシ状で、頭部が大きく黒いのが特徴。
・食草: キジムシロ、ミツバツチグリ(黄色い小さな花を咲かせる草)。

ヒメチャマダラセセリ
カラフトルリシジミ

カラフトルリシジミシジミチョウ科 (ヒメシジミ亜科)
・成虫: 表面は鮮やかなルリ色(オス)。裏面は灰色でオレンジの点があります。
・幼虫: 緑色でわらじのような形をしており、植物に溶け込みます。
・食草: ガンコウラン、クロマメノキ(小さな実をつける低木)。

オオムラサキ(国蝶・天然記念物)タテハチョウ科 (コムラサキ亜科)
・成虫: オスは鮮やかな紫色に輝き、メスは茶褐色で一回り大きいです。
・幼虫: 緑色で背中に4対の突起があり、頭部には2本の角(ツノ)があります。
・食草: エゾエノキ(大きな樹木)。

オオムラサキ
ウスバシロチョウ

ウスバシロチョウアゲハチョウ科 (ウスバアゲハ亜科)
・成虫: 翅が半透明の白で、黒い脈が目立ちます。ゆったりと飛びます。
・幼虫: 黒色で、体側にオレンジ色の斑点が並びます。
・食草: エゾエンゴサク(青や紫の筒状の花を咲かせる春の草)。

ミヤマカラスアゲハアゲハチョウ科 (アゲハチョウ亜科)
・成虫: 輝く緑や青の金属光沢。日本で最も美しいアゲハの一つ。
・幼虫: 緑色の典型的なアゲハ型ですが、胸部が膨らんでいます。
・食草: キハダ(樹皮が薬用になる樹木)、ハマボウフウ。

ミヤマカラスアゲハ
ダイセツタカネヒカゲ

ダイセツタカネヒカゲ(天然記念物)タテハチョウ科 (ジャノメチョウ亜科)
・成虫: 全体的に地味な茶褐色。翅の裏面は岩肌に似た複雑な模様。
・幼虫: 緑色で細長く、草の中に隠れるのに適した姿です。
・食草: カヤツリグサ科(イワスゲなど)

6 分類のポイント
アゲハチョウ科: ウスバキチョウやウスバシロチョウは「アゲハ」の名がつきますが、後ろ翅に尾突起(しっぽ)がないウスバアゲハ類という独自のグループです。
タテハチョウ科: 非常に多様なグループで、ヒョウモンチョウ、コムラサキ(オオムラサキ)、ジャノメチョウ(ヒカゲ)がすべてこの科に含まれます。
セセリチョウ科: ヒメチャマダラセセリは、他の蝶に比べて体が太く、蛾のように見えることもありますが、立派な蝶の仲間です。