
日本神話とは何を綴ったものか?その陰には何が?その全貌を見てみる!Ⅲ
神々の存在を次の記号により明記(神名の前についている記号)してあります。
◎⇒歴史上実在していた神々
○⇒歴史上実在していたのではないかと思われる神々
・⇒歴史上確認できない神々または架空の神々
★⇒現存する古墳等の詳細

●9 神武天皇の世代まで・神から人への境界線
日向(九州)の地から東へ向かい、大和を平定して日本を建国しようとする「神武東征」の時代です。
神話の超自然的な力と、歴史的な軍事行動が混ざり合う、神代の終わりの物語です。
歴史的視点: 日向から大和への「移動」は、弥生時代後期の瀬戸内海沿岸の勢力図の変化と一致します。軍事指揮官としての性格が強まり、神話が「戦記」へと変質していきます。
・天津国玉神(あまつくにたまのかみ):男神
+天から遣わされた天若日子(アメノワカヒコ)の父です。息子が地上で亡くなった際、天から降りてきて嘆き悲しみ、立派な喪屋を建てて葬儀を行いました。
○阿遅鉏高日子根神(あぢしきたかひこねのかみ):男神
+大国主神の息子で、農業の神。亡くなったアメノワカヒコと姿が瓜二つだったため、葬儀で本人と間違えられて激怒し、喪屋を切り伏せて蹴り飛ばしたという荒々しいエピソードを持ちます。
○下照比売命(したてるひめのみこと):女神
+大国主神の娘で、アメノワカヒコの妻。夫の死を嘆く彼女の泣き声が天まで届いたとされます。絶世の美女であり、その光り輝く美しさから「下照(したてる)」の名がつきました。
・天若日子(あめのわかひこ):男神
+高天原から地上平定のために遣わされましたが、大国主の娘と結婚して地上に居着いてしまい、天の神を裏切ったとして自らの矢に当たって亡くなるという悲劇的な神です。
○鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと):男神
+山幸彦と豊玉毘売の息子で、神武天皇の父です。産屋の屋根を「鵜の羽」で葺き終わらないうちに生まれたためこの名がつきました。神代と人代を繋ぐ最後の神です。
○三島溝咋(みしまのみぞくい):男神
+摂津(現在の大阪府高槻市周辺)の有力な豪族の祖神とされる神です。娘のセヤダタラヒメが三輪山の神に見初められたことで、皇室へと繋がる重要な血統の起点となりました。
○勢夜陀多良比売(せやだたらひめ):女神
+三島溝咋の娘で、大変な美人。正体を変えた大物主神(三輪山の神)に見初められ、後の神武天皇の皇后(ヒメタタライスズヒメ)となる娘を産みました。
○活玉依毘売(いくたまよりびめ):女神
+三輪山の神(大物主神)との「夜這い」の伝承で有名な巫女的な女神です。正体不明の男の正体を突き止めるために衣の裾に糸を刺したという「赤糸の伝説」の主人公です。
○事代主神(ことしろぬしのかみ):男神
+大国主の息子。神武天皇の皇后(ヒメタタライスズヒメ)の父(または祖父)とされ、出雲の血統を大和の初代天皇へと繋ぐ「橋渡し」の役割を担っています。
★古墳等:吾平山上陵(あいらのやまのえのみささぎ)
場所:鹿児島県鹿屋市
背景:神武天皇の父(ウガヤフキアエズ)の墓。洞窟の中に二つの小さな円墳状の盛り土がある珍しい形式です。

●10 初代:神武天皇 周辺・橿原での即位
紀元前660年、橿原宮にて即位し、日本という国家の形を創始した時代です。
東征を支えた八咫烏(やたがらす)や、協力した地元の有力者たちが中心となります。
歴史的視点:纒向(まきむく)遺跡などの巨大集落の発生時期と重なります。在地勢力(葛城氏などの祖)を「土蜘蛛」として排除、あるいは婚姻で取り込み、大和盆地を制圧した権力闘争の結末です。
○五瀬命(いつせのみこと):男神
+神武天皇(イワレビコ)の長兄です。東征の際、軍の指揮を執りましたが、紀伊(和歌山)付近での戦いで矢を受け、志半ばで亡くなりました。「日の神の御子が、日に向かって戦うのは良くない(東から西へ攻めるべき)」という教訓を弟に遺した悲劇の将です。
○稲氷命(いなひのみこと):男神
+神武天皇の次兄です。東征の途上、嵐に見舞われた際、「私の祖先は海の神だ」と言って自ら海に入り、波を鎮めたと伝えられています(亡くなった、あるいは海の国へ帰ったとされます)。
○御毛沼命(みけぬのみこと):男神
+神武天皇の三兄です。稲氷命と同じく、暴風雨を鎮めるために波を跳ねて常世(とこよ)の国へと渡り、軍の危難を救ったとされています。
○神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)/ 初代:神武天皇:男性
+天孫の血を引き、九州から大和を目指した建国の祖です。数々の苦難や戦いを乗り越え、橿原の地で即位して「日本」を創始しました。
○伊須気余理比売(いすけよりひめ):女性
+神武天皇が正妃として迎えた、三輪山の神(大物主神)の娘です。この婚姻により、天から降りた「天孫族」と、地上の有力勢力である「出雲・三輪系」が結ばれ、王権の正統性が確立されました。
○阿比良比売(あひらひめ):女性
+神武天皇が東征に出る前、日向(宮崎)で妻としていた女性です。彼女との間にタギシミミなどの子を授かりましたが、神武が東へ去った後は日向に残りました。
○多芸志美美命(たぎしみみのみこと):男神
+神武天皇とアヒラヒメの息子です。父の死後、異母弟(後の綏靖天皇)らを殺して王位を奪おうと計画しましたが、逆に討たれてしまった野心的な皇子です。
○岐須美美命(きすみみのみこと):男神
+タギシミミの弟です。兄と共に日向から大和へ渡りましたが、兄のような反乱の記述はなく、系譜上の一員として記されています。
★古墳等:神武天皇 畝傍山東北陵
場所:奈良県橿原市(大久保町)
背景:幕末に修復・整備されたものですが、橿原神宮のすぐ北側に位置し、大和王権誕生の聖地として管理されています。

●11 欠史八代(第2代〜第6代天皇周辺)・記録の少ない8人の天皇
記紀において系譜の記載はあるものの、具体的な事績の記述が少ない「空白」に近い時代です。
大和の周辺勢力との婚姻関係を通じて、王権が少しずつ地盤を固めていった時期と考えられます。
歴史的視点:考古学的には「大和盆地内での小規模な勢力争い」の時期。各地の豪族と婚姻を結び、王権の血筋を大和全体に浸透させていった「地盤固め」の時代と推測されます。
○日子八井命(ひこやいのみこと):男神
+神武天皇の皇子です。茨田連(まきたのむらじ)など、河内(大阪)方面の有力氏族の祖先となったと伝えられています。
○神八井耳命(かむやいみみのみこと):男神
+神武天皇の皇子で、第2代天皇の兄です。弟に皇位を譲り、自らは神を祀る祭祀を司りました。多氏(おおのうじ)など多くの豪族の祖とされ、信仰の対象にもなっています。
○神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと)/ 2代:綏靖天皇:男性
+父(神武)の死後、反乱を起こした異母兄タギシミミを討ち、皇位を継承しました。葛城(奈良盆地西部)を拠点に王権を維持しました。
○河俣毘売(かわまたびめ):女性
+河内(大阪)の県主の娘で、綏靖天皇の后です。王権が周辺の有力な地元の首長と結びついていたことを示しています。
○師木津日子玉手見命(しきつひこたまてみのみこと)/ 3代:安寧天皇:男性
+父(綏靖)を継ぎ、片塩(現在の奈良県大和高田市付近)に宮を置いたとされる天皇です。
○阿久斗比売(あくとひめ):女性
+安寧天皇の后です。当時の有力な一族(師木地方の豪族など)の出身と考えられています。
○大日本日子耜友命(おおやまとひこすきとものみこと)/ 4代:懿徳天皇:男性
+軽(現在の奈良県橿原市付近)に宮を構えたとされる天皇です。
○賦登麻和訶比売命(ふとまわかひめのみこと):女性
+懿徳天皇の后です。やはり地元の有力な血統を王権に取り込む役割を果たしました。
○御真津日子印恵命(みまつひこかえしねのみこと)/ 5代:孝昭天皇:男性
+脇上(現在の奈良県御所市付近)に宮を置いたとされる天皇です。
○世襲足比売(よそたらしひめ):女性
+孝昭天皇の后で、和珥(わに)氏という後に非常に力を持つ氏族の祖先にあたる女性です。
○大日本足日子国押人命(おおやまとたらしひこくにおしひとのみこと)/ 6代:孝安天皇:男性
+室(現在の奈良県御所市付近)に宮を置き、100歳を超える長寿であったと記録されている天皇です。
○押媛(おしひめ):女性
+孝安天皇の后であり、同時に姪でもありました。王権内で血統を純化し、権力を維持しようとした当時の婚姻形態を反映しています。

●12 第7代〜第9代天皇周辺・初期王権の拡大
依然として伝説的側面が強いものの、次第に地方への勢力拡大の兆しが見え始める時期です。
後の崇神天皇による大きな変革を前に、大和王権が力を蓄えていた時代です。
歴史的視点:奈良盆地南部から北部、さらには周辺地域へと影響力を広げた時期。前方後円墳の形式が統一され始め、広域な同盟関係(初期ヤマト王権)が形作られ始めました。
○大倭根子日子賦斗邇命(おおやまとねこひこふとにのみこと)/ 7代:孝霊天皇:男性
+黒田(奈良県田原本町付近)に宮を置いたとされる天皇です。伝説では、この代に吉備(岡山)などの地方へ皇子たちを派遣し、支配権を広げ始めたとされます。
○細比売命(くわしひめのみこと):女性
+ 孝霊天皇の后です。磯城県主(しきのあがたぬし)という、大和盆地古来の強力な在地勢力の出身と考えられています。
○大倭根子日子国玖琉命(おおやまとねこひこくにくるのみこと)/ 8代:孝元天皇:男性
+軽(奈良県橿原市付近)に宮を置いた天皇です。この代から、王権を支える主要な氏族(阿倍氏、膳氏、武内宿禰の系統など)が分かれ始め、組織が巨大化していきます。
○内色許男命(うちしこおのみこと):男性
+穂積臣(ほづみのきみ)の祖とされる人物です。王権に近い有力な近臣として、政治や軍事を支えた一族のリーダーです。
○内色許売命(うちしこめのみこと):女性
+内色許男命の妹で、孝元天皇の后です。有力豪族である穂積氏が王権と深く結びついていたことを示しています。
○伊波礼毘売命(いわれびめのみこと):女性
+孝元天皇の別の后です。神武天皇ゆかりの地名「伊波礼(いわれ)」の名を持ち、古い伝統を継ぐ血筋であったことが推測されます。
○比古布都押之信命(ひこふつおしのまことのみこと):男性
+孝元天皇の皇子で、伝説の忠臣・武内宿禰(たけのうちのすくね)の父親とされる人物です。
○若日子建吉備津日子命(わかひこたけきびつひこのみこと):男性
+孝霊天皇の皇子で、兄と共に吉備(岡山)を平定した英雄です。桃太郎のモデルの一人とも言われ、現在は吉備津神社の主祭神として祀られています。
○若倭根子日子大毘毘命(わかやまとねこひこおおびびのみこと)/ 9代:開化天皇:男性
+春日(奈良市付近)に宮を置いた天皇です。「欠史八代」の最後を飾り、次代の実在性の高い崇神天皇へと血統を繋ぐ重要な役割を担っています。






