
地方探検 苫小牧の劇場110年を見てみたいⅠ!
市街地を車で走ると、変わった風景を見ることが多くなった。それは建物が歯抜けになり、空地や駐車場が増え、見えなかった景色が見えるようになったからだ。この空間になにがあったかを思い出すのに時間がかかるのは歳のせいだろうか?
文化の育たないといわれてきたこの地の、貴重な建物がどんどん消えていくように思える。その象徴に、劇場やライブハウスなどがあるが、その建物のほとんどが見当たらなくなっている。
繁栄期の映画館は、道内都市人口1万人に対して1館であったが、今は複合型映画館1館+40席の映画館の2館となってしまっている。これは、映画鑑賞がテレビやDVD、ネット配信などに広がり、映画館から足が遠のいたからであるが、これは本屋も同じであろう。
自分自身を振り返ってみても、15年ほど前に息子の卒業式ついでに行った「Abbey Road 六本木」が最後であり、映画館の記憶は更にさかのぼっても出てこない。VHSこそ廃棄したものの、DVDは大量に残っているし、YouTubeやTikTokを見ながら、Amazon primeを契約しているのが今である。
今から約20年前に沼巡りをし、それをHPにまとめてあって、それに対する質問が閲覧者からあったことがきっかけで、消えた沼を探そうと古地図を閲覧しているときに目に入ってきた「互楽館、巴館、常盤館」を調べ始めたのだが、少々深みにはまったような気がする。
結果として、100年以上さかのぼることになってしまった。すでに無くなってしまったものを掘り起こすのには、かなりの時間を必要とするが、時間をかけても探しきれないものも多くある。現存するものは、対面や電話でデータを収集することが一番であるが、それでもほとんどが記憶の中であるのが現状で、今残しておかなければ消えて行ってしまうのが現状である。
今回掲載したのは33館であるが、調べきれないものがどれだけあるのかわからないが、主体にそれを営業していたもののみを掲載し、エムズガーデンやSeeds、BIRDなど従としたものは除いてある。
それにしても、とても懐かしい名前の列記となってしまった。今はないが、学生時代の喫茶店巡りもしたいものである。
劇場として忘れていたものを見つけたので、32・33を追加掲載だが、今となっては詳細を探すことはできなかった。
また、色々調べていく中で、大黒座という幻の劇場があったことを知った。その劇場は、1921年3月30日に客を招待して落成したが、翌5月1日昼に出火した鯉のぼり大火で焼失し、余りにも短い命であった。この大黒座は、当時の遊郭通りの入り口付近に建てられたものである。
劇場記載一覧
1:日の出館
2:互楽館
3:巴館
4:常盤座
5:王子娯楽場
6:大和座
7:喜楽座
8:旭館
9:苫小牧映劇
10:緑映画劇場
11:苫小牧日劇
12:日劇2
13:ニュース劇場
14:遊楽館
15:苫小牧東宝
16:(苫小牧)セントラル映劇
17:市民会館
18:勇払娯楽場
19:トマコマイ日活
20:シネマ劇場
21:テアトル36
22:苫小牧サンテアトル
23:Studio Labo
24:ライブハウスアミダ様
25:苫小牧市文化会館
26:苫小牧スカラ座
27:ディノスシネマズ苫小牧
28:シネマ・トーラス
29:音楽館(サウンドスペースⅡ)
30:ELLCUBE(エルキューブ)
31:SG-HALL
32:デラックスショー劇場
33:マノン座
1●日の出館:開館1908年~閉館不詳:場所不明
街の有志が発起人となって、130坪の日の出館を建設し、人々の娯楽の場となった。と名誉市民小保方氏の回願に記されているのが出所源だろうが、その先を見つけることができなかった。
2●互楽館:開館1910年~閉館1921:幸町1-3-13
現在の幸町1丁目の中心部に7件の遊郭とその周辺に互楽館、巴館、常盤座があり、浪花節専門で営業していたが、1921年の鯉のぼり大火で焼失した。

1921年の鯉のぼり大火後に記憶をもとに作られた地図
3●巴館:開館1910年~閉館1921:幸町1-4-8
常盤座南側で、小さな施設で寄席専門にしていたが、1921年の鯉のぼり大火で焼失した。
4●常盤座:開館1910年~閉館1921年:幸町2-3-6
王子製紙苫小牧工場の開業と同じ1910年に遊郭通り(幸町2号線)突き当りに建設され、翌年王子製紙から電気が供給され、映画も上映できるようになった。1921年の鯉のぼり大火でぎりぎり焼失を免れたが、同年廃業した。常盤前道線(一条通りの旧弥生橋からアイビープラザ方向に約115m)として道路名が現在も残っている。
5●王子娯楽場:開館1915年~閉館1982年:表町3-1-9
東京から寒い北海道に従業員を呼ぶために、駅前通りに東京明治座を模した歌舞伎場を建設した。
当初は歌舞伎や能の公演であったが、1940年に映写機を導入、1950年に大規模内部改修がおこなわれ、回り舞台や花道が取り払われて柵席から椅子(収容人員1,500)に代わり常設映画館として再スタートし、歌舞伎・能・芝居や芸能界のトップスターを呼んでの興行もおこなった。「日本映画事業総覧昭和5年版(出版昭和2年(1927年))」を見ると「館名を演藝場・所在地王子製紙内・定員860」と確認できる。

1923年の王子娯楽場

昭和初期の王子娯楽場 閉館時の王子娯楽場
6●大和座:開館1919年~閉館1922年:寿町2-4-6⇒本幸町2-3-17
簑口氏が「かねふく屋呉服店」裏に新設したが、1921年の鯉のぼり大火で焼失後、本幸町の国道沿いに再建し、映画、芝居・浪花節が行われたが、翌年売却(⇒喜楽座)し閉館となった。「日本映画事業総覧昭和5年版」に650席とあり。

1919年移転前の大和座

1925年移転後の大和座
7●喜楽座:開館1922年~閉館1959年:本幸町2-3-17
閉館した大和座を砂川氏が買取り「喜楽座」として映画・浪曲・芝居などを興行した。

1925年の喜楽座
8●旭館:開館1922年~閉館1986年・大町1-2-17
初めての常設活動写真館として今井氏が新設し、この通りを「旭館通り」と呼ぶようになった。1928年の大町大火で焼失したが、有志により旭館組合が設立され再開した。「日本映画事業総覧昭和5年版」に249席とあり。東映旭館り。

1925年の旭館

1960年代の旭館
9●苫小牧映劇:開館1956年~閉館1957年:錦町2-6-3
錦町の吉本仏具店向かいに客席定員160人の洋画専門館として開館したが、わずか1年未満で閉館となった。昭和31年苫小牧市々街案内図に苫小牧劇場とあり。⇒遊楽館
10●緑映画劇場:開館1956年~閉館1957年頃:音羽町2-19-1
「映画年鑑 1960年版別冊 映画便覧」に大町とあるが、緑町の間違いと思われる。
閉館後かは不明であるが火災で焼失した。夜の火災で、遠くからも確認できるほどの勢いであったと聞く。2階建劇場で、火災後しばらくその姿を残していた。



